《probable cause》について

●酒井事件に関連づけて●

酒井さんに対する逮捕状発布に必要であった《probable cause》について判断するには、
①情報の信頼性と情報提供者の信頼性を独立に判断すべし、とするもの(Aguilar-Spinelli  test)

②《the probable-cause affidavit》で述べられた状況全体に焦点を置いて考量すべしとする もの(totalityof-the circumstances test)

の二種類の考察法がある。アメリカの判例は②で固まったようではあるが、日本が全ての面で司法的退嬰振りを示しているところであるからには、出来るだけ手続的正義に重点を置いた審査をすべきである。だから、②の方がふさわしいのである。

情報提供者は、酒井さんの「夫」だけであろう。もし他にいるとすれば、多分に、実際の刑事公判は、この得体の知れない誰かをネタ元にし、《extrajudicial source》を元にして決定づけらる危険性が高い。そもそも、日本の裁判所は、民事であれ刑事であれ、ひたすら《extrajudicial source》におんぶにだっこされる腹芸裁判に走りやすいのであり、これに対する厳重な警戒が必須である。

自白したとされる「夫」はふしだらなヒモ生活に耽っていたのであり、その生活基盤を「妻」に依存していたからには、覚醒剤関連の罪責も「妻」になすりつけるであろうと合理的に強く推定できるのである。だから、情報提供者が「夫」のみであれば、この点からも、安易に《probable cause》があると認定すべきではなかったのである。

逆に酒井さんから見れば、息子を―remoteではあるが―人質に取られているように思われていたのではないだろうか。息子がいるからには、「夫」の言いなりにならざるを得ない面が強かったのではないか、と推定されるのである。酒井さんの生い立ちも家庭的に極めて不幸な境遇下にあったからには、「夫」は兎も角、生まれた息子に対する愛着の情は、普通に家庭的幸福を感得したことのある人には想像できないほどに強いはずである。そのため、父親でもある「夫」に対しては隷属せざるを得なかったであろう、と思われるのである。総じて、酒井さんは、息子を媒介にして、「夫」による強烈な《duress》の下にあったと判断されるべきなのである。例えば、夫が絶えず追尾して回り、後方から見張っている下で、万引きを繰り返した妻は、免責されなければならないのと同様に、本案事件も、全ては「夫」を間接正犯とするものであると擬律されなければならないのである。

近隣の者の目撃証言として、「夫」はいつも上機嫌であったが、「妻」は不機嫌であったというのが報道されたが、これが、「家庭」内部を呪縛する《duress》を示す状況証拠と成っているのである。

覚醒剤関連のitemsは酒井さんの自宅で発見されたと警察は発表しているようであるが、自宅からかなり離れたところで「夫」を逮捕しているはずであり、しかも、当時、夫婦関係は破綻していたのであるから、「夫」の自宅を捜索するのは兎も角、酒井さんの自宅を捜索するには、別途、令状が必要だったのである。しかるに、係る令状申請をすることなく、強引に酒井さんの自宅に侵入したのは住居不法侵入になり、《trespass ab initio》に成っているほか、酒井さんの自宅での「押収」物には証拠能力が否定されなければならないのである。

日本警察の「取り調べ」は、特に女性相手には、一日十二時間以上・約数年以上に亘るのを通例としている。その「取り調べ」とは、警察暴力の作文調書に迎合する「自白」を強要するものでしかないのである。そして、女性であればこそ、一日当たりの時間数、総体としての人身拘束日数からして、迎合せざるを得なくなるわけである。まして、今度は確実に長男を人質に取られてしまうのであるから、一層そうである。従って、後日、作成されたと宣伝される「自白調書」なるものは、全くの虚偽であり、警察の作文調書に暴力を以て「署名押印」させただけのものに過ぎないのである。これらの点は、被告人となった段階で、公判廷で検察側提出のあれこれの証拠を被告人自らquashしていくべきであり、弁護士はそのためにこそ、強力に被告人を支援しなければならないのである。

兎も角、逮捕状申請段階では、上記の如き反対《version》を担当裁判官自ら構想して申請者にぶつけなければならなかったのであり、そうしていれば、安易な令状発布を防ぐことが出来たであろう、と思われるのである。

| | Comments (10) | TrackBack (0)

逮捕状が出たと盛んに報道すること

酒井法子さんに逮捕状が出たということが警察暴力によって公開され、マスコミまで動員して派手に宣伝されていますね。

そもそも逮捕状が誰それを相手として出ていると公表すること自体が問題ではないでしょうか。普通は、「捜査の密行性」などを口実にする警察暴力が、進んであれこれ情報公開するのには、何か大きな裏があるのではないか、と思われます。例えば、芸能界の汚染問題を、酒井さん一人を生け贄として、お茶を濁してしまおうとしている、とかですね。

夫の方は無名人らしいから、こちらを痛めつけて、「妻が覚醒剤を《control》していた。」と唱わせれば、警察暴力としては、してやったりなのでしょうが、そこに問題はないのでしょうか?

そもそも、日本の形式的意義の司法権は、証拠法上の《privilege》が帰属する当人が申し立てなくても、《privilege》に藉口して証拠排除する場合が多いものです。特に、民事事件の場合には、そうですね。何故そうかというと、表向きは民事事件でも、実相としては、詐欺とか強迫とかの犯罪要素が含まれている場合が多く、文書提出命令が決定的な証拠と成るものなのですが、だからこそ、犯罪の実相を隠蔽するために、形式的意義の司法権は、《privilege》を口実に、申立を退けるのを通例としています。つまり、形式的意義の司法権こそが、《misprision of felony》という犯罪の遂行者なのです。

しかし、そこまでして《privilege》に拘泥するからには、他の事件でもしっかりと遵守して欲しいものです。この事件が公判になった場合、もし、酒井さんが、正当にも否認されていれば、夫婦間のやり取りが主要な争点の一つになると思われます。その場合、検察側は夫婦間のやり取りを状況証拠にしたがるでしょうが、そこでこそ、酒井さん側は、夫婦間の《privilege》を口実に、証拠排除を申し立てるべきでしょう。

そこで更に、検察側は、酒井さんの所持品から見つけたのだなどと偽証に走るでしょうが、そこを崩していくことが重要になりますね。
酒井さんには、法廷で、大いに頑張って欲しい、と思います。(._.)オジギ

ところで、最高裁が酒井さんを宣伝に利用していたのですが、この宣伝を中止したと報道されました。警察が派手に公開・宣伝したというだけで最高裁がこれを鵜呑みにして中止するのは、最高裁が警察暴力によって操作されていることになるでしょう。要するに、最高裁までもが、全く以て、司法権の独立から大きく乖離している、ということです。

《conspiracy》絡みで捉え返すと、酒井さんが子供を預けていたという「知人」が何者なのかが気になるところです。少なくとも、この人は、事案の全体像を見渡すことの出来る立場にいるのではないでしょうか。もしかすると、全体を操作しているかも、ですね。

芸能界というところは、主として、穢多と呼ばれる人たちで構成されているでしょう。表舞台で明るく振る舞うだけでなく、裏の世界で、極めてuglyな行為を強要されるのが芸能界です。アメリカの場合を例にひけば、兎も角、外交交渉の切り札―性的接待―として動員されている、と思われます。だから、普通の人では、長く務めることが耐え難いし、下手をすると、ネタをばらさせる恐れが、芸能界にとっては元よりのこと、政府にとってもあるわけで、だから、有名芸能人が突然「自殺」したりすることが多いのでしょう。

又、酒井さんが、数十万円を引き出している、というのも、額が少なすぎないかい、という疑問が湧いてきます。芸能人の派手っぽい日常生活も、実は、薄氷を踏む毎日であるのかも知れませんね。

もしかすると、業界ぐるみの麻薬汚染が露見するのを恐れて、そうした裏組織から既に刺客が放たれているかも知れません。そうして、或いは、「自殺」したことになるかも知れません。

兎も角、今、どこでどうされているのか不明である、というわけで、いろいろ憶測を生むのも当然ではないか、と思います。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

情緒裁判について

裁判員裁判の判決が出たそうですね。

========

裁判員裁判の判決後、藤井勝吉被告(72)の弁護人、伊達俊二弁護士ら弁護側が会見し、判決について「懲役15年が長いというより、被告の言い分が認定されず不満」とし、控訴するかどうかは「今後、ゆっくり考えたい」と述べるにとどめた。

========

のだそうです。

この裁判では、予想通り、検察側が、被害者の死体などのむごたらしい写真を大写しにして、裁判員の情緒を沸騰させ、情緒のみによって判決させたものです。

司法的先進国では、陪審員の情緒に訴える証拠は排除されるのが通例です。情緒にではなく、その理性に訴えなければならないのが証拠だからです。

その証拠と被告人に関連性はあるのか、その証拠はどのようにして作成されたのか、など、《relevancy》《authenticate》などはparamount importanceを持つとされています。

特に、違法収集証拠の場合には、その証拠を持ち出すことを許して犯される法益と持ち出さないことで犯される法益の比較考量も必須です。

こうした証拠法のイロハを全て吹き飛ばして為されたのが今回の裁判であり、そもそも、これまでの裁判も全てそうであったと思います。

兎も角、日本の裁判官は、民事であっても、《We will never abide by any kind of procedural justice.》と宣言して恥じるところがないのですから。

証拠法の点は除いても、人の自由を長期間に奪うかどうか、その生命さえ奪うかどうかを決めるのに、被告人側には準備期間を全く与えないままに、しかも、僅か数日で判決まで突っ走るというのは、体制上は元より、それ自体が、空恐ろしい《bent mind》によって裁判するものでしかないのです。

しかも、裁判員の氏名などが不明のままでは、弾劾裁判との関係で、誰がどう責任を負うのかも不明であり、著しく違憲の裁判と言うべきです。

こうした諸点を批判する声が、担当弁護士は元よりのこと、弁護士会などからも全く沸き起こらないところに、日本が如何に司法的退嬰の地であるかを如実に物語っている、と思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

議会制民主主義の否定?

昨日の夜、テレビを見ていたら、民主党の鳩山代表が

=====

国会とは別に機関を設けて、国会議員以外もメンバーとして構成し、この予算は無駄だから止めるとかを決定できるようにすべきだ。

=====

と発言していましたね。

これは、議会制民主主義を否定する論理であり、実に重大だと思います。

予算をどうするかは、課税立法も含めて、国民を代表する国会が決定づけるべきことであり、国民から選ばれたわけでもない=得体の知れない者によって決定されては成らないのです。これが、財政民主主義の根幹であり、イギリスの議会制民主主義は、この根幹を巡って発展してきたと言っていいでしょう。

国会内部での予算審議・決定方式に問題があるならば、その点の改正を目指すのが筋であり、いきなり、議会を無視して、別の国家機関を、しかも、得体の知れない連中をメンバーとして構成して、これに決定させるというのは、暴論だと思います。

次期衆院選で多数党となり、政権を握るとされている民主党の党首が、早くも、議会制民主主義を否定する発言をしたということは、まさに、背筋も凍る思いをさせるものです。

自民党がいいとは到底言えないが、鳩山党首ほどに大胆な発言は未だなかったのではないでしょうか。

次期衆院選挙は、ナチスの全権委任法に匹敵する構想を持つ政党に下駄を預けて、国民主権を始とする立憲主義の全てを我々が放棄したと見なされてしまう結果と成りかねないと思います。

それは、今の国際社会にあっては、日本国の主権放棄に等しいでしょう。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

又しても三行半裁判所の悪行が露出しました。(-.-#)

ラッパのマークで知られる胃腸薬「正露丸」を製造・販売する大幸薬品(大阪府吹田市)が、包装が酷似した「イヅミ正露丸」を販売する和泉薬品工業(同府和泉市)を相手に販売差し止めと損害賠償などを求めた訴訟で、最高裁第二小法廷(津野修裁判長)は4日、大幸薬品の上告を受理しない決定をした。大幸薬品側敗訴の一、二審判決が確定した。

 大幸薬品側は、不正競争防止法が禁じた類似品販売にあたると主張した。一審・大阪地裁は「正露丸の名称は一般的に使われ、商標権の侵害にはあたらない。大幸薬品の製品はラッパのマークで他社商品と区別できる」として請求を棄却。二審・大阪高裁も大幸薬品側の主張を退けた。

====

(1)名称ばかりか包装まで酷似しているからには、それだけで類似品販売に当たるとしなければならないはずです。

(2)大幸薬品はテレビCMまで行ってその名―正露丸―の普及に努めてきた。正露丸の名称が一般的に使われるようになったのも、大幸薬品の努力の成果であって、その努力の成果にただ乗りすることこそ、不正競争防止法が禁じていることです。

(3)三行半裁判所の第二は文書提出命令に関する決定に見られるように、政治的勢力支配に進んで屈しようとしてばかりいるところです。本件の場合には、何らかの裏事情があったのではないでしょうか?和泉薬品工業側に政治屋が控えているとかですね。

(4)およそ日本の裁判は、当事者の主張を偏頗に切り捨て、事実関係さえ、裁判所都合にねつ造して判決するものです。下級審でこの悪行が為されていない場合には、公正な判決に至らざるを得なくなるために、三行半裁判所は、判決釈明なる究極のだまし討ちをもっぱらにしています。しかし、この事件の場合には、むしろ、下級審段階でそうした偏頗な訴訟指揮が累積していたのではないでしょうか?

(5)大幸薬品側は、形式的意義の司法権で諦めずに、これまでの裁判に関与した裁判官を裁判官訴追委員会に提訴し、至高の裁判所に救いを求めるべきだと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

殺人警官事件のその後

 9月19日の記事らしいのですが、心臓手術を受けた後に患者が死亡した事件に関する報道を巡って担当医が名誉毀損の損害賠償を求めた裁判で、東京地裁が、新聞社に賠償を命じながら、通信社に対しては、警視庁の発表に基づいているから自らが発信する記事が真実であると信じるにつき相当な理由があったと言えるというわけで、賠償を命じなかったそうですね。

 警察の発表だからといって、真実と信じるべきではない、ということについて、少し述べます。
 警察組織は、巡査から警視総監に至る迄、その果たす機能に照らせば有害無益なほどに異常な階級構造より構成されています。係る階級構造内であってみれば、そこでの情報流は、種々の編集を各所で被り、元情報発信者が出した生の情報は、決定権限を持つなり発表権限を持つなりする者のところに辿り着く頃には、決定を左右したり、警察名で発表されたりする情報は、元情報とはおよそ違ったものに成りやすいのです。警察組織は、情報流の観点から見れば、バベルの塔を成しているのであり、個々の担当者の善意・悪意にかかわらず、必ずや情報の偏差を生み出しやすいのです。
 元情報発信者については、《構暗》の概念で以てこのブログが縷々強調している通りであり、捜査というよりも操作を主たる業務と心得違えている現場担当者が多すぎる実情にあります。従って、元情報そのものが、当初から著しく歪んだものとして構成されやすいのです。
 警察側発表を実体的真実に限りなく近似させるために唯一の方法は、捜査段階で、対審性テストを強力に妥当させることです。犯人不明の段階であっても、仮想の被疑者の立場を代弁し得る弁護士を捜査担当者と常に対峙させることです。それによって、初動捜査段階から、とんだ的外れの捜査になることを回避でき、又、真犯人に肉薄することが可能となるのです。又、そのようにして対審性テストを当初から経ながら行われた捜査に基づく証拠は、証拠能力が極めて高いものですから、公判維持にも大きく貢献し得るわけです。
 捜査段階で対審性テストを妥当させるのを警察・検察が忌避したがるのは、自らが盲信する捜査手法が実体的真実に符合しない結果を招きやすいことを知悉しながらも、気楽に専横を極められる旧弊が個々の捜査員にも種々の満足―あちこちで貰えるプレゼントの山(=贈賄品)を示して悦に入っている捜査員をこの地で私は現認しております。―を与えてくれるために、今更やめられないほどの中毒症状に陥っているからでしょう。

 上記東京地裁判決の子細は知りませんが、新聞社に賠償を命じたのは妥当だとしても、通信社に賠償を命じなかったのは、上記の警察の実情を無視した暴論に依拠した判決であるとして、大いに非難されるべきだと思います。

 他方、これは21日の記事でしょうが、女性に対する種々の相を成すストーカー行為を累積した挙げ句に射殺した立川警察署員の事件につき、警視総監には訓戒、立川警察署長には減給処分が出たそうです。そして、立川警察署長は退職したのだそうです。
 この殺人警官は、警察官であることを利用して犯行に及んだのであり、そのために警察暴力の持つ種々なるハイテク兵器―情報関連機器―なども悪用していたでしょう。そうした《arrangement》を視野に据えれば、警察組織(少なくとも警視庁)が全体として為した殺人事件という側面は否定出来ないはずです。
 そうであれば、少なくとも立川警察署長については、殺人警官所属署の最高責任者として、不作為による特別公務員職権濫用致死罪として処罰されるべきでしょう。(本来的には、それ以前のストーカー行為開始段階から逮捕・監禁の着手を認めるべきなのですが、遅くとも殺害日に被害者宅に押し入った段階で実行の着手があります。)被害者は早くから他の立川警察署員に苦情を申し出ていたのですから、署長として実際に苦情に接していたかどうかに関わりなく、苦情を聞き届けるべき立場にあった者として、不作為犯たることを免れないでしょう。署長であれば、殺人警官の蛮行を阻止することはたやすかったはずでもあります。作為義務も作為可能性もあったのですから、不作為犯で処罰することは十分に可能です。
 警視総監の場合には、事案から《remote》であると言えそうですが、この殺人警官に退職金・年金を支給しようと躍起になっていたようなので、早い段階から共謀していたかも知れません。さもなくとも、監督不行届は明白であり、少なくとも減給処分、自発的退職は必須だったでしょう。
 立川警察署長に退職を許し、莫大な退職金を支給し、年金もこれから支給し続けようとする警察暴力の本音こそ、構暗の本質を表すものです。
 又、警察暴力の犯罪に限っては、殆ど報道しようとはしないマスコミも、権力犯罪から国民の目をそらそうとしているのであり、報道の自由などを喋々する資格がないことも明白となったでしょう。先に述べた東京地裁判決が通信社に賠償を命じなかったことも、合わせて大いに非難されるべきだ、と思います。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

取り調べの可視化?

中日新聞のネットニュースからです。

====
(1) 保険金殺人の共犯として殺人罪などに問われ、取り調べ状況のDVD録画が初めて証拠採用された事件で、被告は当初否認したが、その後、殺害への関与を自白。その様子がDVD録画された後、再び否認に転じており、東京地裁の判決がDVD映像をどう評価するかが注目される。弁護側は最終弁論で「虚偽の自白をさせられた。わずか10分間の録画では、深夜に及ぶ取り調べが任意だったかは分からない」と述べ、殺人罪について無罪を主張した。

(2) 大阪地検が、殺人未遂罪に問われた80代の男性被告の検察官による取り調べの様子を録画したDVD映像を、公判前に弁護側に証拠開示していたことが19日、分かった。

(3) 取り調べの録音・録画は、自白の任意性を立証するものとして、2009年に始まる裁判員制度に向け、各地検が試行している

(4) 日弁連取調べの可視化実現本部事務局長の秋田真志弁護士は「一歩前進だが、自白を強要しているシーンは録画しないといった良いとこ取りの危険性もある。あくまで全過程の可視化を求めていきたい」と話している。
====

(1)について
(イ)否認しているときの様子、否認から自白に転じる過程の子細、その後自白する様子、そして、更に否認に転じる過程の子細―もし、可視化することに合理的理由があるとするならば、こうした子細を可視化しなければ、ごまかし裁判が増えるばかりとなるでしょう。否認から自白に転じるまでの長い時間の間に、威迫・誘導が行われているのは日本の刑事司法の常態だからです。そして、否認から自白に転じる過程に於いて、捜査機関側が、犯行の子細のシナリオを何度も押しつけまくり、いわば脳裏に刷り込んで洗脳しているものです。
(ロ)大阪地検の女性検事は、強姦罪で告訴した被害者に対し、行為時に濡れていたのだから合意があったことになる、とうそぶいているそうです。性行為の盛りに於いては、強姦の被害者であれ、成熟しているならば、濡れるのは当然です。それは、合意云々ではなくして、単なる生理的反応です。
(ハ)(イ)と(ロ)に共通点があるのにお気づきでしょうか?被疑者が、警察・検察に押しつけられたシナリオ通りにスラスラと「自白」しているところだけを見れば、「任意」に自白していると見なされてしまうでしょう。同様に、性行為の盛りだけを取り出してみれば、確かに被害者は濡れていたのだから、「合意」があったということにされ易いのではないでしょうか?

(2)について
(イ)殺人未遂罪の被疑者が80代というのも驚くべきことではないでしょうか?
(ロ)公判前に証拠開示するのは当たり前のことです。そもそも、遅くとも勾留質問段階で一切の証拠開示を裁判所は検察側に命じなければならないのです。証拠開示という「制度」は、イギリスでは、この段階で検察側が証拠開示しなければ、勾留申請が却下されるのが慣例化したためにうまれたものなのです。

(3)について
自白の任意性は、つまみ食い的な可視化では、却って悪用されやすいでしょう。
可視化することよりも、逮捕時から弁護士を付けることを義務づけるべきです。
そもそも、取り調べというもの自体が、余りにも無意味というか、こじつけのために濫用されすぎていると思います。まして、異様に長期に亘る勾留が常態化していること自体が、日本の刑事司法の無法振りを定礎しているのです。
自白の任意性を判断する際には、合理的な推論に定礎され得るかどうかという視点も重要だと思います。

(4)について
一応はもっともな意見なのですが、被疑者にしてみれば、撮影される筋合いはない、という気持ちもあるでしょう。誤認逮捕に違法な長期拘留、そして、拷問・威迫・誘導ときている以上、せめて肖像権ぐらいは守りたいと思うのではないでしょうか?

| | Comments (0) | TrackBack (1)

明聖アカデミーに関する追加記事の予告

破産法・信託法・特定諸取引法を参照して、メモ書きを纏めたのですが、他にやるべき重大事件がありますので、まだ完成しておりません。

破産法に於いては、取戻権を行使するのだ、ということになるほかはないでしょう。

信託法が関連してくるのは、前受金を預けたところに信託の成立を読み込むことを前提したからです。

尚、前受金に相当する金額は、明聖アカデミーの会計処理上、前受金として資産勘定に入れられているはずですから、特定は出来ている、と思います。

特定商取引法については、分かりやすい解説書が二種類ありますので、ご参照頂きたく思います。(弁護士三名によるものと横浜辺りの役所勤めをしたことのある方の著作物がよいと思います。)

関心のおありの方は、上記法律をよくお調べになれば、解決の糸口が見つかると思います。兎も角、明聖アカデミー事件は、消費者を食い物にする悪行の典型事例の一つである、と言えるでしょう。被害者の方々には、絶対に諦めないで頂きたく思います。(._.)オジギ

| | Comments (0) | TrackBack (2)

明聖アカデミーへのあるべき視点

(1)破産法を当然に前提する立場の人が多いでしょうが、それでも、前受け授業料については、刑事法上は、横領罪を構成するし、破産法上も、取戻権を行使出来るという指摘があり得るでしょう。(来栖三郎「契約法」の委任のところを見て下さい。)

尚、予備校と生徒の契約は、特定商取引法などを別にすれば、基本的には、委任契約になります。合格の結果を出さなければ授業料を予備校側が収受出来ないというわけではないのですから、請負ではないし、授業の子細について生徒側が指令を出すわけでもないのですから、雇用でもないでしょう。

(2)予備校と生徒の関係は、特定商取引法上、特定継続的役務提供契約に該当するでしょう。明聖アカデミー側は、法定書面を交付していないと思われます。概要書面(同法第42条第1項)―パンフレットみたいなもので足りるでしょう―は交付しても、契約書面(同法第42条第2項)は交付していなかったと強く推定されます。(何かを受け取っていようとも、同法同条同項の法定記載事項とよく対照して下さい。)そうであれば、永遠にクーリングオフ(同法第48条)が可能となります。そこで、速やかにクーリングオフ書面を内容証明で送りつけ、前払い授業領分については、事業者は速やかに返還しなければならないのです(同法第48条第7項)から、まず仮差押えから入るべきではないか、と思われます。前払い授業料については、講師などの給料債権と対応しませんから、同法同条同項は、破産手続を破る規定に成っているのではないでしょうか?(これは私の思いつきに過ぎませんが…(;^_^A アセアセ…)

(3)但し、クーリングオフ行使の書面を送付する前に、特定商取引法第45条の「その業務及び財産の状況を記載した書類」の閲覧・交付を求めるべきではないかと思います。前受け分の生じる事業者については、その会計年度の始まってから三ヶ月以内に作成し、その後三年間は保存することが義務づけられているはずです。この書面をそもそも作成していなかったり―この可能性が著しく高いですね。―、不実の記載を為したりしていれば、詐欺罪にも該当しますね。入会後に閲覧を求めたのに見せて貰えなかったとかいう会員父兄が一人でもいれば、或いは、明聖アカデミー側が財務状況は完璧ですなどと宣伝時に言っていれば、それこそ完璧でしょう。当該書面の謄本の交付を求める内容証明と合わせて、クーリングオフ権行使の書面を送付しておくべきではないか、と思われます。

(4)特定商取引法第48条第7項の規定は破産手続を破るのだ、と何れ解釈されるに至る可能性は高いと思います。その媒介項になるのが、背後にいる金融機関をお白州に引きずり出すことだと思います。被害者側が果敢に挑戦し続けるように願って止みません。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

明聖アカデミーに労組はあるのか?

明聖アカデミーでは、労使関係に紛争がくすぶってはいなかったか?
明聖アカデミーの自己破産申告は、多数の生徒から収受した前受け授業料の踏み倒しを狙っていたと共に、不当労働行為に近似する偽装解散であった可能性もあるであろう。組合の結成、若しくは、組合活動を阻害し、破壊することを狙っていたのではないか、ということである。黒幕としての金融機関が、こうすることを条件に、新会社(経営者が近未来に創設するであろう会社)に対する融資を事前承諾しているといった背景事情も想定されるであろう。破産手続が有効に開始される場合には、労働法の観点からは、真実解散となるが、企業廃止の自由の濫用であり、公序良俗に反するものとして無効である、と解することが出来るのではないか、と思われる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧