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家畜論?

以下は、自由派の弁護士として有名だった・正木ひろし氏の原稿で、文芸春秋社によって削除されたところだそうです。(森川方達「正木ひろし」;現代の眼1981年1月号299頁)

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哀れなる民族、彼等の生まれる処は既に柵の中である。

島国民族の悲しさ、彼等の一部は既に生まれながら家畜の心理を持つに至った。

彼等は人間の表情を失い、第二次本能的感覚すら持つに至った。

彼等の精神主義とは、牛馬の精神となることだと本能的に直感した。

或る者は牛馬たることを嫌って番犬となって牛馬を監督したいと思ひ、或る者は闘犬となって死を顧みずに戦はんとしたのである。

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ここに言う「第二次本能的感覚」というのが何なのか、私にはよく分かりません。何かの専門用語なのか?それとも、本来の本能を失い、押しつけられた異様な心術をそう言っているだけなのか?

日本人民は、互いに、いがみ合い、争い合うことがあっても、頂点の権力に対してはひたすら隷従・盲従を続けてきています。(反抗する勢力がないわけではないが、実効的にはなっていないでしょう。差し当たりは民主党に期待するほかないみたいですが、民主党の大江とかいう若造が、揮発油税に関して、呆れたことを言っていたようですし…。)それをして家畜と呼ぶのは名言でしょう。

番犬や闘犬になる者は度外視して述べると、家畜の中にも、反抗。乃至は、不服従へのベクトルは、特に戦争末期には潜在化し始めていたはずです。それに気付いた政府側が、ポツダム宣言を受諾するに至ったと見るべきではないでしょうか?ただ、そうしたベクトルが、遂に、明確に形象化されるには至らなかった(=遂に、市民革命は未だ成立せず!)のは、残念なことだと思います。そうなった障壁にはいろいろあるでしょうが、「服従が支配を作る。」(スピノザ)という視点が希薄だったということにあるのではないでしょうか。

消費税を福祉目的税にするなどといった国民愚弄の暴論がはびこっていますね。消費税で国民から収奪した莫大な富は、一部大企業には、還元措置として払い戻されています。つまり、大企業は、自ら消費税として納めた額を遙かに超える富を「還元」されているのです。消費税のような間接税こそが貧困と差別を増殖されているのですから、福祉を掲げるならば、まず以て消費税を廃止すべきであり、税収の不足分は、従来の累進課税による所得税・法人税にすべきなのです。困っている人のことを考えるのではなく、ウハウハ儲かっている奴にもっと儲けさせようと考える今の政治は、まさに、米帝の指令に従っているでしょう。一般国民を、見上げるほどの階層制社会に割り振り、その中での上下運動に憂き身をやつさせていれば、頂点の権力層は安泰でいられる、という発想でしょうね。

戦前・戦中の日本では、兎も角も頂点に天皇が位置していたから、全ての服従は挙げて天皇に捧げられるという建前を前提して捉えればよかったのでしょうが、今では、何よりも米帝が頂点に位置し、アメリカが占領してただ取りした原油を、アメリカのヘッジファンドとかが異様な高値につり上げたままの値段で買い取り、それを米軍などに無償で提供するという恐るべき売国法案が腐れ外道集団の拍手喝采の中で成立してしまうということが、米帝こそ頂点にあるということをよく示しているでしょう。

日本人民は、戦前よりも過酷な二重・三重の支配と搾取に苦しんでいるのです。ただ、そのことに思いを致す必要性を感じないのか、そういうことを考えている余裕さえ奪われているのか、は不明ですが、何れにしても、家畜視されかねない窮状に変わりはない、と思います。

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