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窮乏化法則は公権力が人民に押しつけるものである。

貧困の増殖がしばしばニュースとなっている。エンゲルスの描いた情勢と全く同一なのか、別のベクトルが読み取れるのか?

生活保護を受けることは難しい。
(1)means testを受けること自体に苦痛を伴う。プライバシーを土足で踏み荒らす悪行を甘受せねばならないからである。

(2)means testをパスすること自体も難しい。その経済的・文化的資産の処分を強要されるばかりでなく、その結果として、人間らしい活動全てに向けた可能性を奪われるからである。

(3)実際に保護が始まれば、政治的・経済的・文化的活動の機会を事実上奪われ、結果として、そもそも逃れがたい貧困から一層逃れがたく追い込まれるのである。

(4)保護司が押しつける諸条件は、人間としての主体的生活の可能性全てを奪いつくすため、その結果として、単に動物としての生存がかろうじて可能化も知れないという窮状に固定されてしまうのである。

(5)こうして、自律的生活の物質的基盤のみならず、その精神的基盤=自律能力が破壊され尽くしたのを見計らって、保護司(保護を行う自治体)は、あれこれの口実をねつ造して、保護の打ち切りを一方的に通告してくるのである。これが、日本国内に餓死を蔓延させる背景となっているのである。

保護を受け始めることで、自律の可能性を物質的にも精神的にも奪い尽くされ、この点が確認されると、その保護が打ち切られるという構図は、当初のmeans test以来を振り返れば、住居不法侵入―詐欺・恐喝・窃盗―保護責任者遺棄―致死という緩慢な継続犯となっているであろう。貧者を確定的に死に追い込むために展開されているのが生活「保護」なのである。人民を餓死へと強制する組織犯罪が公権力によって展開されているのが日本の実情なのである。

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